『 星の壊れる音 ― (3) ― 』
ふん ふんふ〜〜〜ん♪
ハナウタまじりの軽い足音が坂道を上ってきた。
フランソワーズは 門の前で立ち止まると、くるりと振り返った。
「 ふ〜〜ん♪ き〜〜もちい〜〜〜 うふふ・・・ ここからの眺め 最高〜 」
崖っぷちに建つギルモア邸は その足元にまで内海がかなり入り込んでいるので
まるで大海原の上にいるがごとき眺望なのだ。
「 ふ〜〜〜 ・・・ 海って♪ ホントに不思議〜 毎日ちがう色なのよねえ ・・・
帰ってきてここの景色を見ると 疲れが吹っ飛びま〜〜す♪ ありがとう〜〜 海さん♪」
ちょいちょいと海に手を振ってから 門を開ける。 ついでに郵便受けも覗く。
「 ・・・ わ〜 いろいろ ・・・あらぁ DM って多いのねえ〜 他にはっと?
領収書とか あ これは博士の学会の会報かしら・・・ あら! ジョー宛 ・・・
あ〜〜 これは通販での買い物ね? 『 いぬのきもち 』? 必需品だわ。
え〜とあとは ・・・ あ♪ わたし宛♪ わお〜〜 グレートからだわあ 」
彼女は郵便物をざっと見てから 腕に抱えて玄関に向かった。
「 ただ〜〜いま〜〜〜〜〜 」
半時間ほどして またまた元気のいい声が玄関のドアを開けた。
「 ジョー? おかえりなさ〜い 」
「 ただいま〜〜 ねえ ナンかある〜〜〜 」
「 それよりも。 あなたの相棒が 散歩〜〜〜ってテラスで騒いでいるわよ〜 」
「 え あ! いっけね〜〜〜 ああ でも腹減ったなあ〜 」
「 ちょっとその辺り 一周してきたら? その間にラーメン、作っておくわ。 」
「 わお♪ ・・・ あ クビクロのオヤツも・・・ オネガイシマス。 」
「 ミルクと〜〜 わんちゃん用のビーフ・ジャーキーがあるわ?
」
「 あ それ いいね! ・・・ あ〜〜 郵便屋さん 来た? 」
ジョーはどたばたキッチンに入ってきて、テーブルの上をちらりと眺めた。
「 ええ。 ああ そうそう これ・・・ ジョー、通販きてるわよ〜 」
『 いぬのきもち 』 を渡した。
「 わ〜〜〜 サンキュ〜〜 待ってたんだ〜〜 あれ それ なに? 」
「 なに・・・って ? 」
「 それ さ。 そこにあるヤツ。 薄い紙の ペーパークラフト? 」
「 え!? 手紙よ〜 エア・メイル。 グレートからのエア・メイルよ。 」
彼女は大判の薄いレター・ペーパーに書かれたエア・メイルをひらひらさせた。
「 え! 手紙〜〜〜?? メールじゃなくてぇ? 」
「 ええ 手紙よ。 それもね ほら〜手書きでしょ 」
「 ・・・ うわ〜〜〜 ・・・ これってグレートの字なんだあ〜〜 」
平成の子、ジョーはびっくり顔でレター・ペーパーを見ている。
そこにはブルーブラックのインクで うねうねと文字が綴られていた。
「 ・・・ 読めるの、フランソワーズ? 英語 ・・・ だろ? すっげ〜〜 」
「 ええ 読めるわ。 兄もね〜 こんなカンジの字だったし ・・・
英語・・って当然でしょ、グレートはイギリス人なんだもの。 」
「 え あ ・・・ ま まあ それはそうだけど ・・・ 」
「 ふんふん〜〜〜 ♪ あら 舞台は大好評だったのね〜〜 よかった♪
さっそくお祝いの返事 しなくちゃ。 」
「 あ PC、起こそうか? 」
「 え? いえ 手紙だすからいいわ。 えっと〜〜〜 レター・ペーパー〜〜 」
「 ・・・ へえ ・・・ 手紙 かあ ・・・ 」
「 わんっ!! 」
テラスでついにシビレを切らした尻尾のある相棒が 催促を始めた。
「 あ いっけね〜〜 お〜〜い 今行くから〜〜 大人しくしてろってば〜 」
「 わ わん〜〜〜♪ 」
相棒の声を聞いて クビクロはますます張り切って吠え始めた。
「 こらぁ〜〜〜 もう ・・・ 今行くってばさ! 」
ジョーはぶつぶつ言いつつ テラスへ出ていった。
「 ふふふ・・・ 行ってらっしゃい・・・ さあて ・・・
親愛なる我らが名優どの・・・ 」
フランソワーズは レターパッドを広げ、ペンを走らせ始めた。
〜 グレートからの手紙
親愛なる我らがマドモアゼル
我が街・倫敦は霧の深い日々です。 すっきり晴れた日本の空が懐かしい・・・
滞在時は レッスンに参加させて頂き多謝 多謝。
しばらくは身体中の筋肉が悲鳴をあげておったよ。 しかしお蔭様で調子は上々〜
独り芝居 はチケット完売、批評家の評判も上々でありました。
ところで我らがボーイとその相棒は元気かな。
そうそう・・・ あの優雅なる黒猫嬢はいかがお過ごしであろうか。
魅惑的な金の瞳に またお目に掛かれる日を楽しみにしておるよ。
博士に宜しゅうお伝えください。 神の御加護を!
グレート拝
〜 フランソワーズからの返事
親愛なる我らが名優どの
お手紙 ありがとうございます。
舞台、おめでとうございます。 ええ 勿論大好評ってわかってましたけど。
こちらの演劇雑誌にも取り上げられていました! トウキョウ公演、待ってま〜す♪
ウチの茶色毛クンたち二人はとても元気です。
二人で毎日じゃれあっています〜〜 チビさんは仔犬の時期を脱しつつあります。
ま〜〜〜 ご飯をたくさん食べるのよ〜〜・・・ 二人とも!
オフになったら遊びに来てください、レッスン参加〜 大歓迎デス☆
エア・メイル 嬉しかったわ、ロンドンの霧が同封してあったみたいですね・・・
金の星の持ち主には最近なかなか会えません。
フランソワーズより
〜 倫敦からの手紙
親愛なる我らがマドンナどの
祝いの手紙 ありがとう! いやあ〜〜 やはり手紙はいいですな。
初めはびっくり 二度目はニヤニヤ ・・・ 三回目以降はなんど広げても
うれしさが湧き上がる。 ははは ・・・ そちらの茶髪ボーイにしてみてれば
なんで返事がすぐこないのに平気なの? と怪訝な顔をされそうだが・・・
霧の街にも夏がやってきたよ。 トウキョウと違ってクーラーが効いておらん場所が多いので
暑い 暑い ・・・ まあ 暑いのが夏 だが。
ハロッズの最上階、園芸コーナーでこんなものをみつけたよ。 来年には花開くかもしれぬなあ
黒猫嬢はオトコ友達とおでかけかな?
グレート拝
〜 極東の海辺からの返事
親愛なるムッシュウ・沙翁へ
封筒を開けたら ぽろり…となにかが落ちました。 ??? 拾ってみたけれど
なにかしら・・・これはリスさんのご飯かしら〜 と眺めていましたら ・・
「 あ! ひまわりの種〜〜 」 こちらの茶髪ボーイが嬉々として摘み上げ
「 ぼく もらっていい? 」 って。 返事をする前に花壇の隅に蒔いていました。
・・・ 今からでも間に合うかしら?? こちらは暑い時期が長いから・・・
ところで < 沙翁 > ってご存知? シェイクスピアの和名なんですって!
茶髪コンビはとても元気〜〜〜 耳がすっきり立ちました。 あ ジョーじゃなくてよ?
フランソワーズより
〜 英国紳士からの手紙
親愛なる我らがマドモアゼルへ
やっと少しは涼しい風が吹くようになった倫敦の街からの手紙であります。
< 沙翁 >! すばらしい〜〜 今度 染め抜いた < てぬぐい > でも配ろうかな。
お主が暮らす国は、豊かな言葉の国であるね。
異国の固有名詞も自分らの言葉で現してしまうのだから。 感心しましたよ。
茶髪ボーイ達、元気でなにより。 耳が立った方はもう立派なオトナだな。
そうそう・・・ あの真っ黒で金色の瞳なレディもさぞかし綺麗になったであろうね。
いやいや〜〜 一番美しいのはそなたでありましたな。
グレート拝
〜 巴里生まれの娘からの返事
親愛なる我らがムッシュウへ
こちらはまだまだ暑い日々です、やはりアジアは夏が長いのね〜〜
遅く芽をだした英国生まれの向日葵、立派に咲きました♪
これはね〜〜 世話係のジョーが写メで送るそうです。 お楽しみに〜
この家は風通しもいいので あまりクーラーを使わずに済んでいますが街中はね・・・・
秋のシーズンの新作発表ですって?? ふふふ〜〜〜 茶髪ボーイがネットで発見したのよ。
宜しければ少々リークしてくださらない? トウキョウ公演はないのかしら。
茶髪コンビは朝夕 海岸を走りまわっています。 ニュクスは 最近見えないわ・・・
早い秋の使者をお送りします、東の果ての国からのお知らせです。
フランソワーズより
〜 グレートからの手紙
親愛なる魅惑的なマドモアゼル
端麗なるご筆跡の手紙、 多謝多謝 ・・・ そして美しい紅葉、メルシ〜〜
封筒からひらり、と落ちたモノを拾い上げ、小生感歎の声をあげてしまったよ。
華麗なる秋の使者は 吾輩の愛読書の栞となって頂いたよ。 目に沁みる色だなあ
あのチビ助はさぞかし立派なワン公になったであろうな。 我らが茶髪ボーイの
よき相棒だよ。 マドモアゼル? < 外 > の友人はできたかい?
グレート拝
〜 フランソワーズからの返事
敬愛するムッシュウへ
香豊かなお手紙! ありがとうございます。 さすがに本場の紅茶葉なのね〜〜
封筒を開ける前からほんのり芳香がただよっていたわ。 ふふふ〜〜 危険ドラッグ と
間違えられなくてよかったわ〜〜〜 いえ 冗談ですヨ
飲んでしまうのは勿体ないので小さな袋に詰めてポプリ代わりにしています♪
茶髪コンビは元気すぎます〜〜〜 尻尾のある方はね、ものすごくお利口さんです。
こちらの言うコト、ちゃんと理解してるの。 でもね〜 最近夜遊びが多いみたいで・・・
生真面目な方の茶髪クンが心配しています。 あ ・・・ わたし、レッスンに通い始めました♪
フランソワーズより
〜 倫敦からの手紙
親愛なるマドモアゼル
再び美しき秋の使者をありがとう! 先日の紅の手型に続き黄色のY字型の葉の美しさよ〜〜
日本の秋はさぞかし色彩豊かなのであろうな。 ちょいと見たくなってきたよ。
茶髪コンビ、ご健勝でなにより・・・ 尻尾クンの夜遊びは、まあ オトナになった証拠では
ないのかな? いや ・・・ 生真面目クンはオトナになっても夜遊びはしなだろうが・・・
なにせ隣に絶世の美女がおるのだからな。 レッスン 頑張りたまえ。
マドモアゼルの舞台〜〜 拝見する日を心待ちにしているよ。
グレート拝
「 フランソワーズ〜〜 ちょっと出かけてくるね 」
「 ・・・ え? 」
キッチンにひょい、とジョーが顔をだした。
「 もう暗くなってきたわよ? ・・・ あ < 夜遊び > ? 」
「 ち! ちがうよ〜〜〜 クビクロがさ〜 また小屋にいないんだ〜
ちょっと探してくるね。 」
「 あら ・・・ カレシこそ カワイイGFができた、とかじゃないの? 」
「 え・・・ そんなこと・・・ あるか なあ 〜〜 」
「 だってカレシだってお年頃でしょう? 」
「 そりゃ ・・ そうだ けど ・・・ 一番のトモダチはぼくだと思ってるんだけど〜」
「 そうだけど ・・・ わんこのトモダチも欲しいのかも よ? 」
「 う ・・・ ん ・・・ でもなあ〜 最近帰ってくると焦げ臭かったりするんだ 」
「 焦げ臭い? 」
「 ウン ・・・ 動物って普通 火は恐がるものなのに 」
「 そうねえ ・・・ それはちょっと心配ね 」
「 だからちょっとその辺、探してくるよ。
この前さあ〜 アイツの親と元の飼い主さんを轢き逃げした犯人がさ捕まっただろ? 」
「 ああ ・・・ あの事件ね! 本当に許せないわよねえ 」
「 ウン ・・・ あの記事さ、アイツにも読んでやったんだ。 」
「 まあ ・・・ 」
「 その頃から アイツ・・・時々遠出するようになった気がして ・・・ 」
「 え ・・・ まさかぁ〜 いくら賢いわんこでもそんなこと・・・
きっと偶然よ。 クビクロはGFと遊んでいるんだわ。 」
「 だといいんだけど ・・・ アイツにもさ、可愛い女の子の友達、いるといいよね〜
・・・ えへ ・・・ぼく は きみがいるけど〜〜〜 」
「 え なあに? 」
「 なんでもな〜い♪ 」
「 ??? 」
フランソワーズが怪訝な顔をすると 彼は慌てて話題を変えた。
「 あ あれ それ・・・手紙? グレートから? 」
「 そうよ。 俳優さんは元気で活躍中よ 」
「 ふうん ・・・ いいなあ ・・・ 」
「 あら ジョーだってバイト 張り切っているじゃない? 」
「 あ・・ そういうことじゃなくて ・・・ それ が さ。 」
ジョーは彼女の前に広げられているエア・メイルを指した。
「 これ?? ・・・ レター・ペーパーが欲しいの? いっぱいあるからあげるわよ? 」
「 ちがうよ! ・・・ その ・・・ 手紙 もらうって さ。
ぼく・・・経験ないんだ・・・ だから羨ましいや 」
「 あ あの! こんどわたしが書くわ! 」
「 え ・・・ きみがぼくに? 」
「 ええ 手紙。 あ ・・・ 同じ家に住んでいるのに可笑しいわよね ・・・ 」
「 う ううん! ううん! 」
ジョーはぶんぶん首を振っている。
「 え・・・ だってヘンじゃない? それに ジョーは メールとかラインとかの
方がいいのでしょう? 」
「 ううん! 手紙・・・ まってマス! じゃちょっと行ってくるね 」
「 え ああ 気をつけてね。 」
「 ウン。 あ そうだ。 ねえ あの黒い仔猫 ・・・ 最近 見ないね? 」
「 ・・・ え? 」
「 どこかもっといい場所、みつけちゃったのかなあ〜 クビクロの仲良しだったのに 」
「 そうねえ・・・ にゃんこは気まぐれさんだから・・・どこかで元気でいてくれれば・・・ 」
「 ウン ・・・ 虐められたりしてなければいいけど ・・・ クビクロと一緒ならいいのになあ〜
ついでにあのチビさんも探してくるね。 」
「 ニュクス 」
「 はへ?? 」
「 だから〜〜 チビさん じゃなくて ニュクス よ。 あの黒猫さんの名前 」
「 ・・・ にゅ? にゅ くす ? 」
「 そうよ。 ギリシャ神話のねえ 夜の女神さま。 」
「 ふ〜〜ん? 金の星の女神様 かあ〜〜 」
あ ・・・ こんな会話 前にも交わしたわ ・・・
不意に 本当に突然、懐かしいあの部屋の香がハナの奥からうわ〜〜んと湧き上がった。
ちょっと煙草クサいけど 染み付いたオーデコロンは母がずっと使っていた香り・・・
「 ・・・ あの? どうか した? 」
目を閉じていた彼女に ジョーが心配そうに覗きこむ。
「 ・・・ え あ な なんでもないわ。 ごめんなさい。
はい いってらっしゃい。 ご飯 熱々を用意しておくから・・・
あ クビクロにもねえ、肉屋さんから牛骨をもらったの。 ちゃんと煮ておいたわ。 」
「 わあぉ〜〜〜 にゅ〜くす もいるといいなあ 」
そんじゃ〜・・・ と ジョーは足取りも軽く出ていった。
ちょいと音程の外れた口笛がしばらく聞こえていた。
ふう ・・・・ ちょっとだけ 溜息。
清潔でそして実は超強固な作りの天井に 小さな吐息が立ち上る。
「 ・・・ シアワセ なはずよ? フランソワーズ ・・・
今を大切にしなくちゃ・・・ さ ご飯、仕上げしておきましょう。 」
フランソワーズは 机の上に広げた手紙をまとめるとキッチンに立った。
「 ・・・ ニュクス? あなた 本当にここにいるの ・・・?
本当に ニュクス なの? ・・・ でも どうして ・・・・? 」
ぴ〜〜ぽ〜〜〜 ぴ〜〜〜ぽ〜〜〜〜 ・・・
深まってきた秋の夜気をついて 警笛が聞こえてきた。
「 ・・・ なにかしら ・・・ この辺りはほとんど事故や事件もないのに ・・・ 」
ふっと眉を顰め窓辺に寄ってみたが 勿論なにも見えなかった。
「 ・・・ ジョー ・・・ ? いえ 大丈夫よねえ ・・・ 」
彼女はきっちりとカーテンを引くとキッチンに行き 晩御飯作りに没頭した。
― ガタン ・・・ ただいま〜〜〜
ジョーは 彼女がそろそろ待ちくたびれたころ、やっと帰ってきた。
「 ジョー! なにか あったの? あ ・・・ クビクロは? 」
フランソワーズは玄関に駆けだしてきた。
「 遅くなってごめん ・・・ うん・・・ ちょっとさ 事故があって ・・・ 」
「 事故? 」
「 ウン ・・・ 火事 放火かもしれないんだ。 」
「 放火?? まあ この辺りで・・・怖いわねえ 」
「 それが ・・・ 証拠とか全然なくて。どうやって火を付けたか全く不明なんだって。」
「 イヤだわ〜 ウチも用心しなくちゃ ・・・ あ クビクロは? 」
「 ・・・・ 一応ね 交番に届けてきたけど ・・・ お巡りさんもさ〜 知ってて・・
あ〜 あの茶色いワン公かあ〜って。 見つけたら教えるよって言ってくれた。 」
「 そう ・・・ きっと帰ってくるわよ。 だって ここがクビクロのお家で
なによりもジョーがいるんだもの。 」
「 そう・・だといいだけど ・・・ アイツ〜〜 どこでなにしてるんだろ ・・・ 」
「 ね ご飯、できているから。 手、洗ってきて? 」
「 ・・・ ウン ありがとう ・・・ 」
ジョーは重い足取りでバス・ルームに向かった。
するり。 ・・・ 黒い小さな影が彼の足元で動いた。
・・・ あ ・・・? え ・・・ ニュクス ・・??
フランソワーズは思わず小さく息をのんだ。
「 あ ・・・ そうだ チビ
じゃなくて〜 にゅ〜くす
も見つからなかった ・・・ 」
ジョーが足を止め、低い声で言った。
「 ・・・ あ そ そう? ありがとう 疲れたでしょ ジョー 」
「 ・・・・ 」
ジョーには 見えて ない … のね ?
みにゃ・・・ 仔猫は彼女の足元に摺り寄ってきた。
「 ・・・
あなたは なにを言いたいの …? あなたは ・・・ 」
みにゃ〜あ〜 屈んで喉をなでれば そのビロードの毛皮は微かに焦げくさい匂いがした。
!? ・・・ ニュクス ・・・??
とうとう茶色毛の犬は 海辺の < 家 > には戻ってこなかった。
― その日は 朝から空はどんよりと鈍色にたれ込めていた。
「 ・・・ 寒いわねえ ・・・ 雨でも降るのかしら ・・・
ジョー ・・・ どうぞ皆無事でいて・・・! 」
フランソワーズは日中から家事もなにも手につかず、ぼんやりと窓辺に佇んでいる。
ジョーはここ数日、朝から出歩いていて遅くに帰宅していた ― それも疲れ切って・・・
時には コートの下に防護服を着こんでいたこともある。
その日は普通の服で出かけていたので フランソワーズは少し安心していた。
「 ・・・ ジョー ・・・ なにかわかったの? 」
沈んだ表情で着替えに自室へ戻った彼に そっとドア越しに声をかけた。
「 ・・・ う ん ・・・ やっぱり アイツだった 」
「 ! アイツって ・・・ まさか ・・・ 」
息を飲む彼女に 彼は淡々と答えた。
「 クビクロ さ。 アイツが原因、いや アイツが犯人だったんだ。 」
「 う … そ・・・! 犬にそんなこと できるわけないわ 」
「 普通は ね。 けど アイツは ・・・ 」
「 クビクロは! 普通の犬よ! 正真正銘 100%生身のただの雑種の犬よ!
そんなこと ・・・ ウソだわ! 」
「 本当なんだ フラン。 」
カチャ ・・・ 彼は静かに出てきた。
「 ・・・! ジョー ・・・! 」
「 ・・・・ 」
ジョーは 防護服に着替えていたのだ。
クビクロが姿を消してからの数週間 ― 不審な事故、それも火が原因の事故が続いた。
動物の殺処分を行っている施設が原因不明の火災で丸焼けになり 動物たちは全部逃げた。
畜産関係の無人の倉庫から出火し 備蓄してあった肉類が持ち去られたりしていた。
「 だって どうして! 」
「 ・・・ アイツ ・・・ そんな 能力 ( ちから ) をもっていた。 」
「 生身なのに??? 犬が?? 」
「 ああ ・・・ どうしてだかわからない、でも現実だ。
ぼくは それをこの目で確かめ責任をとらなくちゃならないんだ。 」
「 ― 責任 ・・・? 」
「 ウン。 アイツの飼い主でありトモダチである ・・・責任さ。 」
「 どういうこと? 」
「 アイツに 無謀な行動をさせちまった。 被害を出してしまっただろ ・・・
その責任 それに 一回ちゃんとアイツと会って話をしたいんだ。 」
「 そ そう ・・・ それがいいわ! それでもうこれ以上の事件は起こさないように
いいきかせるの。 ねえ それが飼い主に責任だと思うの。 」
「 ・・・ それが できれば ・・・ ともかく 今晩もう一回でかけるから。
10時過ぎに出るよ、 戸締りして先に寝てて・・・ 」
「 いやよ! わたしも行くわ! 」
「 だめだ。 これは ぼくとアイツとの問題だから。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 じゃ ・・・ 行ってくるね。 」
「 ・・・・ ! 」
追い縋るフランソワーズの目の前で 玄関のドアが静かに閉まった。
・・・ ジョー ・・・ ! そんな そんなのって ・・・!
「 にゃあ〜〜〜ん 」
するり。 足元に黒い影がまとわりついてきた。
「 !? ・・・ ニュクス?? あなたなの? 」
「 みゃ みゃあ〜〜ん 」
ちょこんと座った黒猫はその金の瞳でじっと彼女を見上げている。
「 ・・・ 一緒に行きなさい って言ってるのね? そうよね!
クビクロはこの家のコなんですもの! わたしにだって 責任 はあるわ! 」
フランソワーズは玄関のクローゼットからジョーのダッフル・コートを引っぱりだした。
「 これ着てゆけば・・・ オトコノコに見えるわよね! 帽子も〜〜 」
これも彼の毛糸の帽子を深くかぶると 彼女はそっと夜の闇の中へでた。
「 ちょっと反則だけど ― ジョー・・・ どこにいるの ? 」
003は ゆっくりと坂道を下っていった。
にゃあ ・・・・ 黒い仔猫も付いてきてる・・・と感じていた。
夜気はどんどん冷えてきている。 空はどんよりとして星はおろか月さえも見えない。
「 ・・・! 見つけたわ! 」
003、いや フランソワーズは足音を殺してその場所に近寄った。
数人の警官達が息を潜め身構え ― その場を囲んでいる。
全員が極度に緊張しじっと見つめてるのだ ・・・ そう 一人の少年と一匹の犬を。
「 ― ぼく だよ。 クビクロ。 」
「 ウ 〜〜〜〜 ・・・・ ??
」
燃え残った服を払い除け ジョーは彼の相棒に向き合った。
「 なんでこんなことをした? 」
「 ウ 〜〜〜〜〜 」
茶色毛の犬は 唸りつつじりじりと位置を変えている。
「 両親の ・・・ お前の親たちの復讐かい? 」
「 ウ〜〜〜 ウ〜〜〜 」
「 やめろ
そんな こと ! なんにもならないじゃないか 」
「 ・・・・・・・ 」
犬は唸るのを止め じっと少年を見つめ返す。
親を殺された気持ち アナタにわかりますか
「 !?
… ぼ
ぼく は ・・・ ! 」
ジョーの心にクビクロの気持ちが ストレートに突き刺さった。
「 ・・・ ぼくには ・・・ ああ ぼくにはわからないよ ・・・
ぼくには 親の記憶がないから! でも お前とは兄弟みたいに思ってたのに ! 」
「 ウ 〜〜〜〜〜 」
じり・・・ 犬はジョーに近づいて来た。
「 ぼくを憎むかい? 憎んで・・・ 焼き殺すかい? 」
「 ・・・ ぅウ〜〜〜〜 」
! これは ・・・ 危ないわっ
フランソワーズは木陰から飛び出してしまった。
「 二人ともやめてっ ねえ クビクロ・・・ 憎む心は もう止めて !
哀しい
哀しすぎる … わたし達が いるでしょう? いつか家族も つくれるわ 」
「 ふ フランソワーズ !? 」
「 ね お願い・・・ もう ・・・ 止めて ・・・ 」
「 フラン、どいてろっ 」
「 嫌よ! さあ 一緒に帰りましょう? クビクロもジョーも ・・・ 」
ワンッ !!!
茶色毛の犬は大きく吠え ―
ほんの一瞬 微笑むみ ―
・・・・・ 犬はジョーの頭上をはるかに越して大きく跳んだ。
弱点である腹を わざわざさらけ出して …
ズガ −−−−− ン ・・・・
一発の銃声が全てを終わらせた。
「 ・・・ ごめん ごめん ・・・ ごめん クビクロ ・・・ 」
ジョーは彼の大切な友達の骸をそっと抱きしめている。
「 ・・・ ぼくの
星が …
壊れてしまった ・・・ 」
「 わたし じゃ だめ? 」
碧い瞳が そっと寄り添った。
「 ! き きみが?
」
「 あなたの星には なれないけど 一緒に星を眺めることは できるわ 」
「 …
フラン …
」
「 誰も 独り じゃ哀しすぎるわ ・・・
星の壊れる音なんて 聞きたくないもの 」
「 ・・・ きみと二人なら いいよ … 」
大きな手が白い手に重なった。
くぅ〜ん みにゃあ〜ん
「 ・・・ あ ・・・ みて ? 」
「 え ・・・? ああ ・・・ 一緒なんだね 」
「 ええ ・・・ 二人なら淋しくないわ ね 」
耳のピンと立った大きな影と 長い尻尾のしなやかな影が 戯れつつ天に昇ってゆく。
ひらり ひら ひら ― 雪が 落ちてきた。
****************************** Fin.
***************************
Last updated : 06,23,2015.
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************* ひと言 ************
このお話はどうしても どうしても悲しい結末になりますねえ ・・・
クビクロはジャン兄さんと仲良しになっているかな ・・・